ブログ「子育て科学日記」

三歳児神話の後遺症ー日本とアメリカの違いー

先日、縁あって某新聞社の方とご飯をご一緒させて頂く機会がありました。初対面の時から、その方には何故か「同じ匂い」を嗅ぎとっていたのですが(笑)、話をしてみると案の定同じ学年、子どももほぼ同い年ということが判明し、盛り上がること約4時間!あれやこれや今考えていることを交歓しました。

中でも私たち世代が痛切に感じている、「私たちの親世代の子育ての失敗」について、が中心的話題になり、1950~1960年代に蔓延していた三歳児神話こそが、自分の存在意義を子どものエリート教育でしか確認できなくなった多くの女性を作成した、という罪によって断罪されるべきであるということを、文字通り時間を忘れて話しました。
多分今、その事をしっかり振り返って考察することから始めなければ、少子化の問題も、子ども達がうまく育たない問題も、絶対解決できないよね、と思います。それを私たち世代が最も身に染みて実体験してきたことを再確認しました。そんな私たちが子育てしているから、不安が多くうまくいかないのだよね、と。

そんな貴重な会談の途中で彼女が、「でも、三歳児神話ってそもそもアメリカ発なのに、アメリカではさほど三歳児神話が生き残っている感じがしないですよね?」と発言して、なるほどそうだな、と思いました。

で、思い出したのが最近見た「ビッグアイズ」という映画。
これ、1960年代にホントにあったスキャンダルのお話しなんです。
Walter Keaneという画家が描いたとされて大評判になったビッグアイズというポップアートが、後年妻から「あれは私が描いてたの!!」って告発され裁判沙汰になったんです。

もちろん映画であり妻の主張を元に作られてるので、真偽は!?なのですが、少なくとも映画で描かれている始めの頃、1950年代後半の社会環境は「女性は仕事などせずに、子育てに専念しなさい」であり、妻の方も家にいて子どものそばにいつもいることが一番、と考えているように描かれていました。

でも、それが映画の後半、1960年代後半でしょうか、一人娘と共に夫の元から出奔する辺りから妻の人格が変容を遂げ出します。
逃げる、から追う、に。そして追い詰める、に。
自分の権利をきちんと主張し、相手の非を金銭なり名誉の回復なり納得いく形で償わせる、という人格に。
つまりは、現代では普通によく見られる(笑)、典型的アメリカ女性の姿に変わっていきました。

そうなってくると、彼女の主張もわからないではないけど、一度は好きあって結婚したんだしさあ、そんなに追い詰めなくても~、なんて私もやや夫の方に同情的になってしまいましたが(笑)、とにかく、ああそうか、アメリカの女性はこの辺り、つまり1960年代終わりごろに三歳児神話の呪縛から解かれたんだ!!と気づきました。

なにより印象的だったのは、片親家庭になってややぐれて母にも反抗的だった一人娘が、思春期を過ぎたあたりから、完全に母をけしかけるウーマンリブ的女性になってて、あ~アメリカではこうやって日本とは違う世代間連鎖が行われたのね、と感慨深かったです。

いつか、このあたりについて、わが身の成り立ちを含め深く考察した書物など出せたらいいなあ・・なんて妄想をしております。

江戸城清水御門の石垣にあった刻印。これ、あの浅野家のものなんですよ~
(さりげなく江戸検1級チャレンジ中の知識を自慢♪)
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