臨床研究

はじめに

留学から帰国した1998年からずっと続けてきた診療活動は、いつしか予約制の外来へと移行し、そこに集まってくる患者さんたちとその親御さんのお話しを聞いているうちに、今の子どもたちの問題が多様化、複雑化しているように見えて、実は根幹は一つなのではないかと思えるようになってきました。

少子化、発達障害の増加、そして社会問題ともなっている少年犯罪の増加など、現代の子どもたちの問題は、つまりは「育ちの問題」、もっと言うなら生まれてからの「脳育て」の問題なのではないかと考えたのです。それは、小児科医として、また基礎研究者として研鑽を積んできて、さらに自身も子育てを経験して視野が広がったことも加味されて見えてきた事実です。

特に、安心ホルモンともいわれるセロトニンの働きがうまくできないと、子どもたちはたくさんの不安と恐怖、ストレスにさらされながら暮らさなければなりません。不登校やいじめ、うつや自殺、そして発達障害まで、実はセロトニン神経を始めとする「脳育て」が正しく行われなかった、と考えればすべて説明がついてしまうのです。そして、その大切な「脳育て」のために最も大事なことは、「早寝早起き朝ごはん」、つまり家庭で行われる毎日の生活をおろそかにしない、ということなのです。思えば、高度成長期の時代から、私たち日本人はいつの間にか「寝ないで働く」ことを美徳とし始めたような気がします。

それが現代の子どもたちにしっかりと引き継がれ、さらに夜も楽しいテレビやインターネット、ゲームと言ったメディアが家庭内に蔓延することにより、結果として「正しい脳育て」が行われにくい環境が育ってしまっているのです。

では、今私がこの社会に対して何ができるだろう、と考えた時、自分が今まで積み上げてきた科学的根拠と臨床経験を基にして、世の親御さんたちにも、また支援者・教育者たちにも、そして社会一般にも、医学と教育そして福祉が融合した育児、教育を含めた「育て方支援」を啓蒙し、実行してもらうための活動をしたいと強く思ったのです。

そのためには、診察室でのみ子どもと会っているようでは片手落ちで、子どもが関わる色々な場を見て知識を増やしていくことが必要と考え、教育学部に身を置くことにしました。おかげで、それまできちんとわかっていなかった教育システムやその地域差、特に特別支援教育のありようについて、現場に赴き、学ぶことができるようになりました。さらに、縁あって2005年から次第に茨城県発達障害者支援センターや土浦児童相談所、茨城県教育相談センター、保育園や障害者デイサービスでの嘱託医、また公立小学校や特別支援学校の外部評価委員長などのお誘いをたくさんいただき、生来好奇心も旺盛なので、できうる限りお引き受けして足を運んでおります。おかげさまで子ども、障害のある方を多角的・全人生的な視野から見ることが重要であることが痛感できるようになりました。

また、2006年ごろからは、文科省から始まった「早寝早起き朝ごはん全国協議会」や東京都教育委員会の「乳幼児期からの子供の教育支援プロジェクト」など、社会啓蒙活動にも参画させていただけるようになり、ますます自分の立ち位置が明確になってきた気がします。現在行っている臨床研究は、自閉症スペクトラムなどの患者さんたちや健常な子ども、大学生たちを被験者として前頭葉や自律神経、ストレス物質などの変化について調べる実験を行っていますが、これらの実験から得られる成果もすべて「正しい脳育て」を行うことの重要性への根拠となりうるものばかりです。

以下に、これまで私が臨床研究として行ってきた内容の一部をご紹介いたします。

1. 不登校について

昨今、思春期の子供の問題が社会的にもよく話題に上っていますが、実際に診療現場に身を置くと、不登校、拒食症などを初めとする疾患群に罹患する子供の数や、子供を取り巻く環境における暴力や虐待、いじめなどの程度と頻度が急騰していることが実感されます。

小児心理外来に来られる患者さんはさまざまですが、中でももっとも多いのは不登校です。不登校の児童の数は全国でいまや10万人を超え、一クラスに一人くらいいるのが普通、という状況です。

不登校になるきっかけはそれこそ一人一人異なり、一般化することはできません。しかし、診察に来られる患者さんには、医学的に大きく分けると二つのタイプがあります。

1.高い不安を伴うタイプ

このタイプの患者さんは、元来、周りからのストレスに対して大変弱く、すぐに強い不安を感じやすい性格を持っています。責任感が強く、まじめなタイプに多いです。

こういう人が、きっかけは何であれ学校に行けなくなると、行けない、ということに本人が一番強い罪悪感を感じています。誰に言われるまでもなく。自分が一番「学校に戻らなくては」「このままではいけない」と考えています。

そういう性質だけに、家族や周りの人たちから「学校に行け」「どうするつもりなのか」などと責められると、不定愁訴(朝学校に行こうとすると、頭が痛くなる、吐き気がする、だるい、下痢、などの症状が出ていけなくなる)が出現したり、イライラしてしまって家族や周りの人に暴力を振るってしまう、などということが出たりします。

無理に勇気を振り絞って学校へ戻ろうと教室の前まで来ると、恐怖のあまりパニック状態になることもあります。

さらに進むとうつ傾向が出現して眠れなくなったり、こだわりが強くなって強迫傾向が出現する場合もあります。家から出るのが恐怖になっていわゆる引きこもりのような状態になることもあります。

こういうタイプの不登校の患者さんには、カウンセリングだけではなく、薬物の治療が有効な場合があります。抗不安薬や抗うつ薬などを用いることにより、不安症状や不定愁訴を落ち着かせることによって、学校に戻れたり、家から出て自分の楽しみを見つけたりすることができるようになる場合もあります。

2. 不安を伴わないタイプ

このタイプの患者さんは、純粋に学校や家族、長期の病気など環境要因がきっかけで学校から遠ざかっています。このタイプで一番問題になるのは、睡眠リズムの是正と学校へ戻るための動機付けです。

睡眠リズムが狂う、すなわち昼夜が逆転した睡眠パターンは、不登校の患者さんでよく見られる症状です。

患者さんの側から考えてみれば、家族が起きていてテレビもつまらない昼間に寝て、夜中になって自由にテレビを見たりゲームをして起きている生活の方がラクで楽しいに決まっているわけで、なかなかこれは簡単に治せるものではありません。ヒトの網膜には、まぶた越しでも光を感じて覚醒へと導くための光センサーがありますから、例えば、朝、子供部屋のカーテンを全開にする、寝ている顔の真正面から強い電灯の光を当てる、といったことも効果はありますが、せっかくリズムが治っても、「学校にいかなくちゃ」という強い意志、または昼間に行う夜中より魅力的な何か、がない限りほとんどのケースでは、2週間以内にもとのリズムに戻ってしまいます。これは、まさに以下に述べる「脳育て」がうまくいかなかったケースで良く見られるパターンです。4.「正しい脳育て」とは

もちろん1と2が混在するケースもあり、治療は必ずしも画一的ではありません。また、必ずしも「同じ学校に再び戻る」ことを治療の最終ゴールにしているわけでもありません。

患者さん、そして親御さんとの問診を通じてその性格や親子関係などを把握した上で、一例ずつ、もっとも適した治療法、そして社会的なゴールを目指します。

関連論文と図書
  • 作田亮一,田副眞美,成田奈緒子,村上信行,永井敏郎『不定愁訴を有する不登校児のかかえる「不安感」:State-Trait anxiety Inventoryによる心理学的評価およびSSRIの有効性』(脳と発達2003 35(5):394-400)
  • Sakuta R, Tazoe, M, Narita, M Narita, N
    Anxiety status in school refusal children with indefinite symptoms : psychological evaluation using State-Trait Anxiety Inventory (STAI) and therapeutic potential by selective serotonin reuptake inhibitors (SSRIs)" in "Focus on Serotonin Uptake Inhibitor Research."
    2006 .Apr; Nova Science Editor Anne Shirley
  • 成田奈緒子、田副真美
    脳とこころの子育て
    2004.12 ブレーン出版

2. 摂食障害について

体型を気にして、ダイエットを始めたらやせることが快感になってしまい、止まらなくなってしまう、いわゆる拒食症という病名はよく一般に知られいます。しかし実は摂食障害というカテゴリーには、ご飯が食べられなくなるいわゆる拒食症(神経性食思不振症)とご飯を食べるのが止められなくなる過食症の両方の「食行動」の異常を指します。このほかにこの両者が混在するパターンや、いわゆる「見た目」を気にしての摂食障害でないものなどさまざまなパターンが含まれます。しかし、ここでは小児の摂食障害で一番多い拒食症に限ったお話をしましょう。

体型を変えたいという願望から、食べることを極端に制限して、体重をどんどん落としていくのが拒食症です。標準体重をはるかに下回って-30%以上ものやせ(たとえば身長160cmの女性で体重35kgくらいまで)になると、女性であれば生理も止まり、たとえ再び食べようと思っても体が受け付けず、ついには生命の危機が訪れるという非常に死亡率の高い疾患です。近年、アイドルの低年齢化に伴い、これにあこがれる小学生などの低年齢層に摂食障害が増えてきているのが、小児科で問題になっています。

しかしアイドルのようになりたいと思ってダイエットをした人全員が-30%以上ものやせになるまで続けられるわけではないですから、摂食障害になる人には、なにか体質的な原因が存在すると考えるのが妥当でしょう。特に、低年齢で発病する人にはその要因が大きいのではないかと考えられています。

しかしながら、はっきりとした原因は今のところ同定されておらず、食欲をコントロールする機能の異常(脳に存在する神経ホルモンの働きの異常など)や、セロトニン神経系の異常「もっとやせなければだめ、という強迫症状をひきおこす)の関連が考えられています。

私たちは、摂食障害の患者さんに、カウンセリングと行動療法を行うと同時に、上記のような食欲コントロール機能の異常が認められる症例には、薬物治療も試みています。

関連論文と図書

3.自閉症スペクトラムと脳機能

自閉症を初めとする発達障害は、先天性の脳機能異常に基づく広汎な認知・感覚障害を主とする障害群と考えられており、近年世界的には自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder, 以下ASDと略す)という呼称が用いられてきています。私は、ASDの患者さんにたくさんお会いして薬物治療を含む包括的な治療に関わってきました。その経験から、ASD患者さん一人ひとりのQuality of Life(生活の質、QOL)を高めるという観点からは、医療だけ、または教育だけといった関わりかたでは全く不十分であるということがよくわかりました。そこで私は今、患者さんとお会いする際には、できるだけ学校や職場での問題、生活面での問題、そして心身の問題のすべてをお聞きして、それを長期的な観点から底上げできるような方法を模索するようにしています。そして私はこれを「脳の育て直し」、と呼んでいます。

この「脳の育て直し」を行うにあたり、様々な場面で起こっている問題を一義的に考える手立てになるのが、脳機能の評価です。現在私の研究室では、光トポグラフィーという、前頭葉の機能を測定する装置や自律神経機能測定装置、眼球運動測定装置などの機器を用いて様々な刺激を与えた時の、ASDの方と健常な方の反応の違いを測定する実験を行っています。これによって、ASDの方が抱えている、外からは見えない脳の機能上の困難さを明らかにすることにより、教育現場(教師の理解)や生活面(家族の理解)での共通認識を作りやすくしたいと考えています。

現在もいろいろな研究企画が同時進行中なのですが、中の一つをご紹介しましょう。平成21-23年度に科学研究費補助金(科研)を受けて行った研究の成果です。

「脳機能評価を基にした自閉症スペクトラム児者への医学・教育連携支援法」と題されて行った研究ではASDのアセスメントと支援方法を、医学と教育の連携させた観点から確立するために、まず図形を用いたタスクスイッチ負荷を行いました。タスクは、4種類の色と3種類の形の計12通りの図形をランダムに配し、記憶させ想起させる課題を用いて独自に作成しました。課題はワーキングメモリを要する記憶想起課題(ワーキングメモリ課題、以下WM)と記憶を要さない選択課題(ノンワーキングメモリ課題以下NWM)の順番で問題が交互に出され、図形の提示数は1個から順に6個まで増加します。実験の施行中は常に光トポグラフィーを装着し、前頭葉機能の変化について11名のASD児者と22名の健常者で測定しました。その結果、健常者ではWM課題では前頭葉を使い、NWMになると速やかに切り替わって前頭葉を使わなくなる傾向が見られたのに対し、ASD児者では、この切り替えが認められませんでした。しかし、課題の正答率はASDと健常では差がありませんでした。これは、特に知的障害のないASD児者は一見受け答えなど「ふつう」に見えても、脳の中での処理機能は健常者とは全く異なっていて、混乱している状態であると考えられます。

一方、今度は様々な表情をしたヒトの顔写真により、同様のスイッチングタスクを作成しました。そして同じようにASD者5名と健常者22名で光トポグラフィーでの測定を行いました。すると、健常者では、課題の正解率と前頭葉の活性が一致していたのに対し、ASD者においては同様の結果が見られませんでした。もともと人の顔の認知がとても遅れる、またはちょっと違っているといわれるASDですので、特に顔の表情を読み取り、処理する神経細胞のネットワークが作られにくいのかもしれません。このような実験結果は、患者さんたちにフィードバックされ、「自己理解」を進める手立てとなり得ます。私は実験に参加してくださる患者さんとそのご家族には、できるだけこのようにご自身の生活への応用がしやすいように、実験の結果をお話しするようにしています。

関連論文と図書

4.「正しい脳育て」とは

まず、以下に最近書いた「もう一度考えよう、子どもの「脳育て」―早起きリズムで脳は育ちます―」という文章を紹介します。

近年子どもたちをめぐる問題が増加し、深刻化していることは看過できないと感じます。いわゆる「脳」の問題と思われる学力低下、身体の問題と思われる体力の低下、こころの問題と思われるいじめや無気力、キレる子など数え上げればきりがありませんが、私はこれをすべて「脳育ての間違い」からくる問題と考えています。脳育て、というと「勉強」「習い事」と考えがちな現代の風潮が、どんどん子どもを悪くしていっています。本当は、発達期の子どもにおいて最も大切な脳育てとは「眠ること」「食べること」そして「体を動かすこと」なのです。

守られるべき順番とバランス子どもを育てるということは、脳を育てること、と言いかえられます。ただ、近年は「脳」ということばをいわゆる「お利口さん脳」、つまり勉強やスポーツ、芸術を司る脳としてのみ捉え、幼少期から極端に伸ばそうとする傾向が見られます。ベビースイミングや幼児英会話教室、塾に早くから通わせたり、小中学校で受験を強要したりといった、大変偏った「脳育て」が日本中どこでも多く見られるようになりました。一方で、子どもがゲームやパソコンなど手先のみを使った遊びを屋内で行うことが増え、全身を使う外遊びが激減しています。塾やゲームなど、子どもが夜遅くまで起きて活動している家庭も多くなりました。これらがすべて、脳育てを狂わせ、問題を起こしている原因であると思われるのです。

脳育てには、守られるべき順番とバランスがあります(図参照)。最初にきちんと育てられるべき脳は、睡眠や食欲、自律神経や姿勢をコントロールする脳、つまり「からだの脳」です。生まれた時には寝たきりで姿勢の維持ができず、夜も昼も見境なく泣き、ミルクをねだる、つまり睡眠も食欲もコントロールされていない赤ん坊が、次第に首が座り、お座りをしてはいはいができるようになります。1歳ごろになると、大体の子どもは朝目覚め、夜眠り、そして起きている間に姿勢を維持して体を動かし、食事を3回摂るようになります。同時に、喜怒哀楽を表情や声で表現できるようになってきます。これが「からだの脳」の育ちです。

次に1歳ごろからは、いわゆる「お利口さん脳」の育ちが始まります。この脳では言語、微細運動、感覚、記憶や認知など高次脳機能、そして思考を司ります。人間ならではの機能がたくさん詰まった部分なので、どうしても脳というとこの脳をイメージしがちです。

最後に、「からだの脳」と「お利口さん脳」をつなぐことで「こころの脳」が育ちます。「からだの脳」で起こった喜怒哀楽の情動は、そのまま行動に反映されると人間社会ではうまくいかないこともあります。そこで人間の脳では、起こった情動を一旦からだの脳から最も高度な機能を持つ「お利口さん脳」の前頭葉につないで、周りの状況やほかの人との関係を考慮に入れて思考をした上で、自分が取るべき行動や言動を選んでいくという高度な機能が備わりました。たとえば、書類の不備を上司に怒られて怒り(情動)が起こったとしても、それがそのまま上司を殴る行動にはつながりませんよね。一旦怒りを前頭葉に繋いで、上司との関係や自分の社内での立場を考慮に入れ、「どうしたらこの場面を回避できるか」を思考した上で、「申し訳ありません。書類をすぐ書き直します」という言動が出てくるのです。大人になり社会に出るためには必須の脳機能と言えます。これが、「からだの脳」「お利口さん脳」と順番に作られたのちに、やっと出来上がる「こころの脳」なのです。

このように、脳育てには動かせない順番がありますが、子ども期に最も大切なのは、土台である「からだの脳」育てです。「からだの脳」を育てるためには、朝は太陽と共に目覚め、夜は十分な睡眠時間を取って眠り、3食バランスよく食事を摂ること、筋肉を大きく動かして運動することが重要です。乳幼児期から「お利口さん脳」の刺激とばかりに塾やおけいこ事に通わせ、その結果就寝時刻が遅くなったり、外遊びの時間がなくなるのでは、脳がバランスを崩してしまうのは当たりまえです。何よりもまず、子どもを寝かせて、食べさせて、遊ばせること、これが脳育てのすべての基礎になるのです。ここから出発すれば、必ず「お利口さん脳」も「こころの脳」もバランスよく育つはずなのです。

ところで、「からだの脳」は生命維持に欠かせない重要な脳なのでとても可塑性(かそせい=作り変えられる能力)に富みます。乳幼児期を過ぎてからでも、生活のリズムを変えることで、良くも悪くも作り替えられるものなのです。何歳になってからでも、いつからでも「ぐっすり寝て、きちんと食べて、しっかり遊ぶ」ことが最も良い脳を育てるためのコツである、ということを大人も子どもももう一度、考え直してほしいと思っています。

ところで睡眠は「からだの脳」の育ちだけに関わるのではありません。眠っているヒトの体の中では、体細胞の修復や改善が行われます。また23時~2時ごろ、熟睡している脳内では成長ホルモンが分泌されて骨などの成長が起こります。さらに、入眠から5-6時間後には、脳神経のつながりの再構築が行われ、前日入った知識や記憶を整理します。つまり、しっかりと眠ることは長生きのもと、体格向上のもと、そして頭が良くなるもとなのです。

世界中で用いられる標準的な小児科の教科書では、6-8歳で一晩平均10時間30分、9-11歳では平均9時間45分の睡眠時間が脳の発達に必要とされています1)。一方で、日本の小学生の平均睡眠時間は2009年のベネッセ教育研究開発センター調査で8時間15分と報告されています2)。こうして考えてみれば、最初に挙げた日本の子どもたちにおける学力低下、体力の低下、いじめや無気力、キレる子といった深刻な社会問題は、実はすべてをひっくるめて「脳育ての問題」、もっと言うなら「からだの脳育ての問題=睡眠の問題」と言ってしまうことができるのです。これ以上、子どもたちの問題が増えないよう、より一層の社会的理解と啓蒙活動が望まれます。

1) Behrman, RE et al., Textbook of Pediatrics. W.B. Saunders Company 2000

2) ベネッセ教育開発研究センター第2回子ども生活実態基本調査 速報版(2012年10月現在)

以上のような内容を、より的確に社会に伝えていくために、私は現在様々な場を得て研究を行っています。

たとえば平成20年度、私と5人の仲間たちが集まって、文部科学省「子どもの生活リズム向上のための調査研究」の一環として「リズム遊びで早起き元気脳」という実践研究を行いました。
リズム遊びで早起き元気脳HP

これは、簡単に言うと乳幼児期の子どもに、早寝早起き朝ご飯、そしてからだを動かすというセロトニン神経を鍛える刺激を意図的に繰り返すと、子どもたちの脳が育つ、ということを証明しようという実験です。茨城県の2つの保育園の方たちに協力していただいて、3か月間生活習慣を改善する努力を親御さんにしていただきました。

そして同時に、リズム遊びの達人であるカムジー先生(リズム音楽研究所主宰)に保育園の先生と園児たちにリズム遊びを伝授してもらって、毎朝の保育の活動の中で筋肉をリズミカルに動かすことを取り入れ継続した後に、子どもたちの脳機能の変化を測定しました。

するとその結果、生活習慣は3か月でびっくりするほど変わりました。

早い時間帯に起きる子が増えて、遅い時間帯に起きる子が減り、22時以降に寝る子がぐっと減りました。中でも一番驚いたのは、夕食の時間が圧倒的に早くなったということでした。

一方、子どもたちの脳機能も実践の3カ月間でぐっと変わりました。

子どもたちの自律神経の機能を測定したところ、短期結果として1回目リズム遊びの前後で測定したところ、リズム遊びの終わった後には、心拍数は減少し(安定・リラックス効果)、自律神経活動は上昇し(元気・イキイキ効果)、自律神経バランスは緊張が緩みリラックス傾向に変わる傾向が認められました。さらに、この1回目の後の状態と三ヵ月後のリズム遊び(2回目)の後の状態を比較してみると、やはり心拍は下がって安定しており、自律神経活動はさらに上昇して、バランスはさらに緊張緩和傾向がみられ、効果が長期間にわたって持続、さらに改善していることがわかりました。 自律神経活動量が増えた、ということは古い脳がぐんぐん育つ乳幼児期の子どもたちの脳の中で、自律神経のつながりが増えたと考えられます。まさに脳が育ったのです。たった3カ月間、生活習慣を改善して、毎日リズミカルに筋肉を動かすだけで、こんなにも脳が変わるということです。

また、そのほかにも「じゃれつき遊び」の脳育てへの効果についても実験を行い、成果を得ています。特別支援学級に在籍している児童、及び成人ボランティアを対象として、一斉におしくらまんじゅうやレスリング、くすぐりっこなどの「じゃれつき遊び」をしてもらい、その前後でストループテストの成績がどのくらい変わるかを調べました。すると、じゃれつき遊びを行った直後には、前頭葉の機能の中でも特に「落ち着き、注意、適切な対応」に関する抑制機能という働きが約5~20%程度上がっていることが子どもでも大人でも証明されました。大好きなママとじゃれついているときに子どもの脳は興奮します。実は抑制機能がしっかり働く脳になるにはまずはじめに十分な脳の興奮を起こさせることが重要であることがわかっています。ですから同じ実験で、遊ばずにじっとしていた後は抑制機能は上がりませんでした。「落ち着き、注意、適切な対応」とは、学習には欠かせない大事な脳の機能です。乳幼児期にしっかり遊んで興奮をさせた脳は、小学校に入ってからしっかり勉強に集中できる脳になるというわけです。

最近は遊びまで「家庭教師に」教えてもらう時代ですが、本当は子どもは大好きな身近な大人と過ごすことで一番脳が刺激されます。もう一度原点に返って、本当に子どもの脳育てに最も必要なことは何か、考え直してみるべき時がきていると私は思うのです。

関連論文と図書
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