ブログ「子育て科学日記」

長寿国日本を作った人

先日読んだ「日本史の謎は地形で解ける(文明・文化編)」(竹村公太郎著)、心が震える感動の連続でした。
どのエピソードも建設省役人だった著者ならではの丹念な調査と論理的な推理からう~んと唸らせる結論を導いていて見事なのですが、中でも「なぜ日本は世界有数の長寿国になったか」の項は、小児科医としてそして研究者としてもまさに「脱帽、参りました!!」と土下座したくなる逸品の読み物です。

内容をすべて書いてしまうと良くないと思いますので、エッセンスだけ。
日本人の平均寿命はご存知の通り江戸時代は40歳前後でした。それがV字回復したのは大正10年を過ぎた頃から、乳児死亡率が激減したことに起因します。
では、なぜ乳児死亡率が急に減少したのか?著者は推論を一つ一つ史料をあたることで確かめていき、ついに大正9年に東京市の市長だった後藤心平という人に行き当たるのです。
彼こそが、その後の日本を長寿国に押し上げる直接の原因、すなわち東京市中に普及されていた水道水の塩素消毒という画期的な方策を一人で考え、実行したのです。

彼が、東京市長になる前は外務省役人、そして更なるオリジンが医師、細菌学研究者であるということを知って、私は深い感銘を受けました。
先日の『医は仁術』展の項でも書きましたが、医師国家試験に合格した時から始まった私の職業人生ですが、気付いてみると27年も経つうちに横路にそれ、現在ではいわゆる医師としての活動をそれほど行っているわけではない毎日になってます。でも、逆にいろんな仕事を通して人と社会に触れることで、スタート時より数段、自分なりの医術観ができたと思います。そして今では医業とは、世の中すべて、人のなりたち、生き方、さらには地球上の生命現象全てに興味を持ち、自然に現象に従いながらつながっていく、そんな、人間としてある意味究極の仕事なんだと思って、改めてこの職業を得ることができて本当に感謝しています。
だから、たとえ毎日病院で診療活動をすることはなくても、国家から認定された医師として何かひとつでも後生の人類、社会、地球に役立つ痕跡を残して死にたいと、私は最近真剣に考えてます。まあ、それがアクシスを立ち上げた動機でもあるのですが(ちゃんと後生に残せるかはこれからの経営努力いかんですが…(笑))

私が江戸時代に生まれてたなら、そもそもこんな気付きに到達できる年まで長生き出来なかったのだと思うと、日本長寿国の元を作ってくれた後藤心平先生に心から感謝です!!

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