ブログ「子育て科学日記」

手紙を忘れた日本人

私は結構口うるさい教員の一人だと思うのですが、毎度毎度口を酸っぱくして学生に説教しているのが、メールの書き方です。
今は教員にコンタクトを取るのもメールが一般的になっているので、しょっちゅう学生からのメールが入るのですが、最も困るのは「誰からきたのかさっぱりわからない」メールです。
学生としては友人どうしと同じ要領で携帯・スマホから打ってきているのでしょうが、PCで受信する私からはわけのわからないアドレス(学生のアドレスはやたら長く記号が多いアドレスが圧倒的に多い!)しか見えず、サブタイトルも空白。
いきなり「今度の○○の授業なのですが、大会なので休ませてください」という一文のみが送られてきても、こちらはどうしようもない。
無視して破棄してしまってもよいのでしょうが、やはり気になってしまって「誰だろう?」と考えるその時間が無駄!無駄!(怒)

・・ということで、教育実習にでかける学生の指導の時には、「自分の名前が見えるようにプロフィールを設定」「サブタイトルに自分の所属・名前を入れる」「まず最初に成田先生へ、と入れる」「いきなり用件に入らず挨拶から始める」「用件は要領よくきちんと書く」「最後は挨拶と自分の署名でしめくくる」など事細かにメールの送り方を教えます。
これは実は手紙のルールでもありますよね。
学生たちは、教えるとちゃんとできるようになるのです。
ということは、家庭で一切こういう手紙のルールが教えられていないのだな、と確信しています。

だって、実は学生からのメールだけではなく、大人たちからくるメールも同じなんですもの。
恥ずかしながら、母校のメーリスのメールを見ていると、ほぼ全員、署名なし、サブタイトルなし。
「いったいこれ誰が投稿してんの?」といつも突っ込みを入れてしまいます。
講演会の打ち合わせメールもしかり。
こちらは何件も同時進行で打ち合わせをしているのに、前置きもなく「○○です。講演会がいよいよ近づいてきました。先生は何時に到着されますか?」って言われても、あなたは誰?です。
積みあがった過去メールから同じメルアドを検索する時間が無駄!無駄!(怒)

つい100年ほど前まで、日本人はあんなに流麗な筆体で巻紙にさらさらと下書きもなく手紙を書いてたのに。
手紙の様式がすっかりすたれてしまった日本はこの先どうなってしまうのでしょうね。

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