ブログ「子育て科学日記」

なんともひさしぶり・・

一体いつから更新していないのか、この日記・・(苦笑)
読んでくださる方もいるのに、すみませんでした。

新年度、心意気も新たになるべく更新を行っていきたいと思っております。よろしくお願いいたします。
(さっそく昨日はHPトップページを少しいじってみました!)

突然ですが、最近「笑う」ということについて考えています。
笑うことは良いことだ、というイメージを誰もが持っていると思います。
人と話すときは笑顔で、と社員研修でもどこでも常識として教えられるし、アメリカにいるときは敵意を持ってないことを証明するために、見知らぬ他人とエレベーターで同席したら必ず目を見て笑顔を作るべし、と指導されました。

でも、表情は内面の感情を文字通り表に出して表すものですから、必ずしも笑顔でいさえすればOKというわけではありません。
たとえば、営業の誰かのミスで届くべき品物が届かない、ということで苦情を申し立てに来ているのに、笑顔で「それは発注ミスですね。うふふ」なんで言われたら、こちらは益々頭にきてしまいます。
でも最近、本当にこういう対応をする人が多いような気がします。

「自分の本当の感情を素直に表情や言葉で表現する(できる)人が減った」と強く感じています。
いつも一見穏やかで、中途半端な笑顔を浮かべて害のない人間に見えるのだけれど、本心では激しく怒っていたり泣いていたりする人。
実はこういう人が世の中急増中なんではないかと思うのです。

なぜ、こんなことを思うかというと、もちろん前述のような「こちらの真剣な怒りが通じない」と感じる仕事上の出来事ももちろんあるのですが、一番には診療の場です。
「子どもが大変なんです」といって外来に足を運んでくださるお母さんは少し前まで、たいがいが興奮していたり、泣いていたり、時には怒っていたりしていて、そのお母さんの感情をなだめるのに一苦労するのが常でした。

でも、最近は次第にこういう方が減ってきて、むしろ「なんでこんなに子どもが大変な状況だというのにお母さんはこんなに落ち着いて笑顔まで見せて話をしてくれるのだろう?」と疑問を持つ方が多く目立ってきています。

そして経験を重ねるうちに、「実は感情を吐露してぎゃあぎゃあとり乱せるお母さんはかなり軽症である」ということに、やっと気付きました。
最近は、「笑顔を絶やさない人ほど危険」と私は思うことにしています。
いつも穏やかな笑顔を浮かべて「大変なんですよね~」などと言っている人は、もうすでに「あきらめ」に支配されていることも多いですし、怒るエネルギーも残っていないことも多いのです。
重症な方になると「え?私ですか?私はいつ死んでもいいと思っていますよ。生きてる価値なんで全然ない人間ですから。」なんて笑顔でさらっと言ってしまうのです。

こういう方の成育歴をくわしく聞きとっていくと、その方自身が母親の愛情をしっかり受けたという実感を持てずに育った方が圧倒的に多いのです。
きちんと教育も受けて、金銭的にも余裕のある家庭であっても、「本当に愛されている」実感を持てない子はいつしか「作り笑顔」を顔に貼り付けるようになってしまうのではないかと思っています。
「両親は不仲だったことは感じていたけれど、私の前では絶対に喧嘩はしないで、優しくしてくれた。だから私も親に心配をかけないように、困ったことや嫌なことは絶対に家庭では話さない、話せないと心に決めていた」
あるお母さんが話してくれた言葉です。

そして今、子どもたちにも、同じ環境、同じこころが育っているケースが多いのです。
人として生まれているのに、子どもが感情を言葉や態度に表さない、もしくは表せない環境の中で生育させられることがどれほど重大な危険性をはらんでいるか、について真剣に考える必要があります。
すでにこの現象は、世代の連鎖さえ起こっているのですから。

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